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ロシア・ハバロフスクの旅 PDF 印刷 Eメール
ハバロフスク
作者: 管理者   
2010年 2月 01日(月曜日) 13:23
ロシア・ハバロフスクの旅

タルチシオ 石崎 友也

去る10月2日、私は新潟ハバロフスク交流団の一員としてロシア連邦ハバロフスクへ訪問してきた。今回は私が所属している寺尾教会の町田正神父様と、新潟教区菊地功司教様からお誘いいただき参加させていただくこととなった。今回の交流団は五名。その中で大学生は私一人だった。

新潟とハバロフスクが交流を始めたきっかけは、昨年3度にわたって菊地司教様がハバロフスクを訪問し、それを機会に今年、ロシアのマルセロ神父様と17歳のバレンチン君が来日し米沢の殉教者列聖式典に参加したことであった。ハバロフスクから司教座のあるイルクーツクまでは飛行機で何時間もかかるほど離れているため教区内の活動はほとんど行われていないとのこと。ハバロフスクからイルクーツクよりも新潟のほうが近いために、新潟教区とハバロフスク教会の交流を図り、互いに孤独感を抱かないようにするという計画である。新潟市とハバロフスク市は姉妹都市であり、新潟空港とハバロフスク空港の間に定期便が設けられている。就航しているのは月曜日と金曜日だけであり、私たちは金曜日に出発して月曜日に帰国するという日程だった。

新潟を出たのが2日の16時半頃。ハバロフスクに到着したのは20時半頃であった。といっても、新潟とハバロフスクでは2時間の時差があるため実際の飛行時間は2時間程度だ。飛行機から降りるとそこは異国であるというのがよくわかった。ヨーロッパ風の建築物や10月とは思えない寒さが私たちを迎えてくれた。入国審査を抜けるとマルセロ神父様と通訳のジャンヌさん、シスターミーラ、シスターブラガビーシニアが迎えに来てくださった。その後マルセロ神父様の車で修道院へ行くことになり、信者のユーリアさんとイワン神父様が歓迎してくださった。最初の夜の食事は極めて豪華だった。ウクライナ人のシスターお手製のウクライナ風ボルシチやチキンと卵の料理など素晴らしいものだった。そして極寒のロシアならではのウォッカの歓迎も素晴らしいものだった。私たちはロシア語を話せないためジャンヌさんに通訳してもらい、日本の文化の紹介などをした。その日はもう遅かったのでマルセロ神父様にホテルへ送ってもらい、フライトの疲れをいやすために就寝した。

2日目はマルセロ神父様の家(ロシアではロシア正教が強いためカトリック教会に住むことや修道院を設けることができないためアパートに住んでいる)で朝食をいただき、来年度行われる新潟ハバロフスク青少年交流会の打ち合わせをした。打ち合わせでは、来年の8月下旬に新潟教区の青少年がハバロフスクに赴き、共同キャンプを行うことを決めた。昼食はユーリアさんに家でいただいた。ロシアの一般集合住宅を生で体験することができた。午後からはハバロフスク教会へ行き、現地の青少年とともにミサにあずかった。当然ながらロシア語のミサは初めてだったのでものすごく新鮮な印象を受けた。答唱詩編ではシスターの独唱があり荘厳な雰囲気だった。ミサ後は青少年との交流で二つの班に分かれ、「イエズスは人間か、それとも超越した存在か」というテーマと「主の実在について」というテーマで議論しあい、互いに寸劇などをして発表した。議論するときには当然ロシア語が飛び交っていて私たちは理解することができなかったが、英語を使いながら意思疎通をし合いなんとか議論することができた。そしてイワン神父様のお手製ピザを皆でいただいた。それまでは何となく言葉の壁もあってあまり交流ができていなかったのだが、私がギターを持って弾き語りをした途端、急にロシアの青年たちが寄ってきて積極的に交流することができるようになった。その後、ホテルに戻り坂本神父様と川崎さん(佐渡教会)とでロシアのコンビニに行った。部屋に戻ってお酒を酌み交わしながらいろいろな話をすることができた。

3日目はハバロフスク教会で主日のミサにあずかり、ハバロフスク教会の信徒の方々と交流することができた。たまたまその日にロシアに来ていたニュージーランドの方とも会話することができ、非常に有意義な時間だった。その後、来年のキャンプの下見に行くことになった。このときにティモーくん(11歳)とお姉さんのエリヤさん(18歳)、友人のアレックスくん(17歳)と仲良くなり一緒に行くこととなった。日本の交流団は神父様の車に乗って行くはずだったが、エリヤさんに自分のうちの車に乗ってほしいといわれ私だけティモー君とエリヤさんとともに別の車で行くことになった。キャンプ場までの距離は約60km。ロシアでは大した距離ではないらしい。ロシアの道は日本の道のように舗装されておらず、何度も車の腹をぶつけながら進むことやく1時間半、ついにキャンプ場へたどり着いた。その途中、小さなロシア正教会によって記念撮影などをした。キャンプ場は自然の中にあり、共同キャンプをするには絶好の場所であった。私はアレックスくんたちと仲良くなりキャンプ場で写真を撮ったり、バンド(共通の趣味だった)の話をしたりで盛り上がっていた。その後エリヤさんの家へお邪魔し、昼食をいただいた。そこではロシアの米とイクラなどがふるまわれおいしくいただくことができた。ティモー君は日本が大好きで侍の絵本などを持っていた。ティモー君は私を兄のように慕ってくれて、彼が書いた絵をプレゼントしてくれた。ロシアの一般家庭の様子も体験することができ、普通の旅行では体験できないことが体験できて本当によかった。そして彼らとメールアドレスを交換し、また来年会おうと約束して夕食へと向かった。夕食はロシアンレストランでいただいた。最後の夜ということで神父様たちが用意してくれたのだろう。本場のロシア料理を堪能し、またまたウォッカを飲みホテルへ戻って就寝した。

最終日はお土産を買うために市場や雑貨屋さんで買い物をした後、ロシア正教会で教会用品を購入し空港へと向かった。出国ゲートには2日目から仲の良かったグレッブ君(18歳)やイワン神父様たちもお見送りに来てくれ、見えなくなるまで手を振ってくれた。ハバロフスクを出発したのが15時半頃で、日本に到着したのは15時半。つまり時差のおかげで出発と到着の時刻が一緒だったのだ。問題は帰国してからなのだが、新潟の税関でロシアからおみやげに買ってきたハムが没収されてしまい、初の海外旅行の洗礼を受けた。税関によると、ロシアは指定区域外で、食肉を持ってきてはいけないとのこと。なかなか厳しいということを痛感した。

今回の旅を通して私は、ハバロフスクと新潟の青少年の懸け橋にならなければならないという使命を感じた。日本とロシアという国境を越えた交流が両国のカトリック青年のモチベーションを向上させるだけでなく、生涯付き合っていけるグローバルな友人と出会うことができると私は思う。「私に従いなさい」という主の招きにこたえて、来年ハバロフスクの地で両国の青年が共同キャンプを通して互いに錬成しあえることを心から祈っている。また、私は英語能力の向上を図ろうという気になった。基本的な英語は話せても時たま通じない場面があって非常にフラストレーションを感じた。私は幸いにも大学生という身分なので来年までにより実践的な英語能力を身につけて、来年の夏に備えたいと思うことができた。

最後にこの貴重な機会を設けてくださった多くの方々に感謝しますそして私たちの交流を応援してくださるようによろしくお願いいたします。

最終更新 2010年 2月 01日(月曜日) 13:32